我が家に食卓がやってきた

 今のボロ屋に引っ越してきたのは、1年と少しばかり前のこと。

 小さな家だし部屋数も少なくなるからと、食卓は持ってこれなかった。以来、我が家では米びつの上を食卓代わりに利用してきた。

 

 「米びつの上ってそんなに広いの?」と疑問に思う人もいるだろう。ぶっちゃけ、狭い。だけど、我が家の生活リズムはバラバラで、各々が食べたいときに食べている。父は6時8時の生活だし、母も仕事で忙しいうえに、父の遅い夕食に合わせて皿洗いをするから就寝はそのあとになる。

 

 となると、家族団欒の食事風景などなく、一人前の食事が乗るだけのスペースさえあれば困らないわけだ。

 

 だから、それでもよかったんだけど……。豚みたいに飯をかき込み、さっさと台所をあとにする生活には疑問を持っていた。生活リズムがバラバラで、食事もバラバラとなれば会話がない。父は戦慄するほどの機械音痴で、ラインも使えなければ、メールも開けない。メールを受信した際に表示されるタイトルを読めるだけだ。

 こうなると、意思の疎通すら難しい。

 父はもうすぐ年金受給者だ。父のご兄弟がなくなった歳まであと2年ほど。

 ここ最近は借金をなんとかするよりも、このまま死んでいいのか? と聞くことが増えた。

 「兄さんは今の父さんの年齢から2年後に死んだんやぞ」

 「このまま死んでいいんか?」

 父はすぐに不貞腐れて、へそを曲げる。逆玉の輿を狙って婿入りした人だから、母方のひいおじいちゃんが経営していた会社が倒産したことを、今も根に持っているらしい。今の惨状は、すべてあのくそジジイのせい。口を開けば、そんな恨み節ばかりだ。借金を作ったのは親父だし、たとえひいおじいちゃんの会社が健在でも、救済を求めるのは他力本願でしかないのだが……。

 

 そこで、だ。ついに食卓を買った。アマゾンで売っていた7000円ほどのイス付き二人用テーブルだ。まだ給料は支払われていないものの、支払われる予定があるとなると、出費を恐れずに済む。なんと、精神的にありがたいことか。

 今日は父さんの斜め横に座って、食事を見守った。愚痴ばかりだが、独り言のようにつぶやくよりも、愚痴を聞かせられる環境ができただけましになったと思う。これで少しはストレスも発散されるのではないか。

 

 ところで、自転車のタイヤが「また」パンクした。なに、我が家では珍しいことではない。父が知人から譲ってもらったものだから、経年劣化でタイヤのゴムが剥げて薄くなっているのだ。自転車屋に持って行っては、毎回1000円ほど支払って応急処置をしてもらい、だましだまし使っている。そろそろ、ちゃんと買いなおす時期なのかもしれない。

 

 と、思うじゃん。いい加減にしろよ。洗濯機まで壊れやがった。おまけに僕の靴も。靴底が剥がれ落ちる無残なもんだった。いい加減にしろよ(2回目)。

 出費を恐れずにすむ目途はたった。だけどそれは、=出費するではない。なにかあったときのために、貯蓄ぐらいしておきたいんだよ……。

 こんなにイライラしたの久しぶりだ(´・ω・`)