新潮45の特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を読んだ @小川榮太郎編

 ネット上で新潮45が炎上している。なんでも、内容が差別的だとか? 

 だけど発行部数が少なすぎて、新潮45難民が続出。アマゾンでは早くも高額転売が始まり、ツイッターでは人づてに聞いた内容で批判する有様です。そこで実際に購入して読んでみました。

 今回は時間の都合上、ネット上で内容も知られぬまま炎上している小川榮太郎氏の寄稿「政治は「生きづらさ」という主観を救えない」にだけ触れます。

 この人は他の寄稿者と比べても異質です。

LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい。

と寄稿文の中で明記しています。

 それが如実に出たのが冒頭。

テレビなどで性的嗜好をカミングアウトする云々という話しを見るたびに苦い切って呟く。「人間ならパンツくらい穿いておけよ」と。

性的嗜好など見せるものでも聞かせるものでもない。

 性的指向の誤記かな? と思ったんですが、意図的なようです。なお、この表現は以降も続きます。そして、性的指向ではなく性的嗜好と書いた理由が徐々にわかってきます。

LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものだというなら、SMAGの人たちもまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチと痴漢を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。

 SMAGってつまり、性的な趣味の話しじゃないの? と思ったんですが、この人の中では性的指向性的嗜好も同じものなんです。両方とも趣味の話しなんですね。

 ツイッターで話題になっていた「痴漢の肯定」もこの流れで出てきます。

満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう。そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。彼らの触る権利を社会は保障すべきではないのか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ。精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。

 読めばわかるけど、LGBTの権利に対する皮肉なんですね。

 痴漢という性犯罪を個人の心象の話と同一視するのは性犯罪の矮小化につながるし、なによりLGBT蔑視、女性蔑視が透けて見えるのでひきます。

 LGBTの方々も、まさか痴漢にあう心境に喩えて非難される日が来るとは思っても見なかったんじゃないかな。 

 また同性婚についても明確に否定しています。 

無論LGBTという概念の本音でのゴールは、性的嗜好への白眼視を取り除く事ではないだろう。結婚という社会的合意と権利の獲得なのであって、他の性的嗜好と違うのはその点だろう。

同性婚である。

これは全く論外であり、私は頭ごなしに全面否定しておく。

 

再び言う、マルクスレーニン主義の災厄の責任を誰が取ったのか。いや、後から誰が取れるのか。今また、ごく一部のインテリが煽動して結婚という人類の叡智の核心部分に手を触れる傲慢のツケも、又決して誰一人払うつもりなどあるまい。どこまで無責任な話なのだろうか。

 この人の寄稿文はたった6ページだけなんですが、LGBTに対しての嫌悪感を微塵も隠していないので、関係ないのに追い詰められていく感じ。正直辛い。

性には、生物学的にXXの雌かXYの雄しかない。雄しべ雌しべ以外に、レズしべとかゲイしべというのは無いのであって、Homo sapiensも同様だ。

 

性意識と肉体の乖離という心理的事実が実在するからと言って安直に社会が性の概念を曖昧にすれば、必ず被害者を激増させる。現に、性転換をした後に後悔・自殺する人が後を絶たない。社会に使嗾されて、一時的な同性愛感情やホルモンバランスの変化を性の不一致と勘違いする例が多く生じるからだ。同性愛者が一定年齢から異性愛に転ずる例も多い。性概念が個々人の中で揺らぐものだからこそ、Tという概念規定で性意識を縛ることは人性への冒涜というべきなのだ。

 

ましてレズ、ゲイに至っては!

全くの性的嗜好ではないか。

  ここまで続くと、意地でも性的指向という表記は使うものかって感じ。  

 長文が多くて引用しにくいだけで実際はもっと追い詰める書き方をしているよ。なにかにつけて病気を引き合いにだすしね。ああ、病気だと直接的には書かないが、この人の中では病気を引き合いに出すような存在なんだな、LGBTは……ってね。結びのほうなんてこれだよ。  

政治は個人の「生きづらさ」「直面する困難」という名の「主観」を救えない。

いや、救ってはならないのである。

個人の生ー性ーの暗がりを、私たちはあくまで個人として引き受けねばならない。その暗がりに政治の救いを求めてはならず、政治もまた同調圧力に応じてふわふわとそうした動きに寄り切られてはならない。

 現在進行系で苦しんでいる人たちにとっては、まじで夢も救いもない提言だね。

 

 なおこの人だけに限らないのですが、他の寄稿者も杉田水脈議員が炎上する要因となった「生産性」という言葉が論われたことに遺憾のようです。まるで「生産性」という言葉以外問題ないような書き方をしているけど、杉田論文の主要な論点(寄稿者の藤岡信勝氏が列挙している)を見る限り、それ以外だって無茶苦茶だからね。

 

 なんというかさ、買ってよかったよ。新潮45はマジモンだった。特別企画の寄稿者の主張は他にも反マスコミ(反NHK)、反リベラル、反LGBTと色物揃い。伊藤詩織さんがレイプされた事件では、BBCのインタビューに答えた杉田水脈議員が被害者叩きをしていて話題になりましたが、それを讃えているところなんてまるでネット言論みたい。

 新潮45は売上の低迷から紙の週刊誌を廃止する前に、品質だけデジタルシフトを果たした感じ(逆説的にいえば、ウェブ生まれのネットメディアが紙に進出したら、同じように炎上するのでは?) 

 僕は読み終わって虚しくなった。漸進的な改革すら望めないんだなって。劇的な変化じゃなくてもいいんだよ。せめて次の世代は一つでも苦難が減ってほしい。そう思っている僕の心を折るには充分だった。