植松聖被告について共感はしないが、その出現に納得する自分がいる。

maga9.jp

 僕はこの記事を読んで、植松被告の出現に妙に納得しました。

 僕の世代って、生まれたときから不景気だったじゃないですか?

 そんな経済状況でテレビをつけると、「ビートたけしのTVタックル」という番組が放送されていて、お年をめしたお爺様方が「失われた10年」はなぜおきたのか?って討論をしているわけです。

 僕は「バブルを崩壊させたあんたたちのせいだろ」って思っていました。だけど、番組の方向性は違うんですね。

 若者がだらしないから、消費をしないから景気が回復しないんだ、と若者叩きに勤しんでいました。

 その後、この手の番組は手を変え品を変え、あるときは非正規雇用の若者を、あるときは結婚しない、子供を産まない若者を、あるときはゆとり教育を導入してバカになった若者を叩いていたわけです。

 そして誰にでもなく、国の借金について嘆くんですね。

 自民党の議員が札束をリュックサックに詰め込んで背負っているのが印象に残っています。札束の重さは1秒間に増える国の借金だそうで。

 それを施設を訪れた小学生達に見せているわけですね。

 そしてVTRが終わると、スタジオのお爺様方は笑う、と。

 「こっちは将来不安なのになんて冷たいんだ」と思ったし、国の借金は僕ら下の世代が解決しなきゃいけない問題なんだな、と幼いながらも思いました。

 

 だからこそ、国の借金を憂い、生殖能力のない障碍者を敵視し、ついには殺してしまった植松被告の出現に納得してしまいます。

 なぜ障碍者だったのか、日本の個人金融資産の6割を占めると言われる60歳以上の高齢者じゃなかったのか。高齢者だって子供産めないし、お金を死蔵してるじゃないか……。そこには優勢思想ではなく、彼が生まれ育った時代の空気感が影響していたと感じます。

 彼は1990年生まれ。僕は1993年生まれ。3年ズレているけどずっと不景気だったわけだし、見えていた風景はそう変わらないはず。

 

 僕が生まれ育った時代のTV番組の風潮がもっと違ったら、障害者施設で殺される人はいなかったのかな?

 どうなんだろう。わかんない。

 23年もかけて撃鉄をおこし、引き鉄をひくように後押しする場面を眺めていた気分です。