ひろゆきの「論破力」が、本筋とは関係ないところで刺さった

おいら、わりと人間を全般的に見下しています。なので、他人に嫌われることがあまり気にならない。攻撃されても「そうですか、はい、はい」みたいな感じでいられるわけです。

「人間に期待していない」といったほうがいいかもしれませんね。万人が万人、おいらを好きなわけでもないし、おいらに興味があるわけでもないだろうというのがあるので、「嫌われたとしても当たり前だよね」というのが先にくるわけです。

 

 小学校では、「みんなと仲良くしましょう」「喧嘩はやめましょう」としか習わなかったから、こう考える人もいるんだな、と思った。そして、この感覚、僕に近いと思った。

 

 小学校高学年の頃、塾帰りに公園を通過したとき、前方不注意で街路樹に激突してしまった。乗っていた自転車の前輪は曲がり、僕は投げ飛ばされた。

 皆さん、自転車こぎながら街路樹にぶつかると、どうなると思います?

 投げ飛ばされて、地面に叩きつけられて、脳震盪おこして身動き取れなくなるんですよ。

 その公園は駅とベッドタウンの間にあって、夕方から家族連れの姿が増えるんですね。

 その日もそんな感じで、キャッキャウフフの会話が聞こえてきて、だけど恐ろしいことに、傍らには自転車が倒れて、仰向けになってる僕に近づいてくる人はいないんですよ。

 そのとき痛感したんです。ああ、僕はこの社会ではモブ(背景に描かれる名無しのキャラ)にすぎないんだな、と。

 結局僕は身動き取れなくて、そのまま寝ちゃって、帰宅は午後10時を回っていたと思います(テレビ朝日のニュース番組を見れなかった記憶がある)。

 

 この経験があったからこそ、中学校で女子生徒から軽蔑されても、辛くなかったんですよ。

 僕は中学受験をして、中高一貫校に進学したんですが、まぁ女子生徒が少ない。どうやっても奇数なんで、修学旅行のバスでは1人だけ、男子と相席になる子が出てしまう。そして相手は男子の出席番号1番。つまり、名字が「あ」から始まる子です。僕ですね。

 修羅場でしたよ。

 当時すでに体調不良でまともに登校できず、だけど記念にと思って参加したら相手は女子。窓ガラスのカーテンを被せられ、物理的なバーケードまではられました。だけど、小学生のときのあの体験があったから、「どうせ彼女は僕に興味ないしな」、「理解してもらうのは無理だろう」と諦めがついて、辛くなかったんですよね。

 

 ひろゆきの著書「論破力」には、他にもこんなくだりがあります。

人に侮辱されても腹が立たないし、傷ついたりもしない。「こういうところが本当にダメ」とか責められても、別に落ち込むこともありません。

何故かと言うと、自分自身のだめ野郎具合は、攻撃してきた人よりも自分のほうがよく知ってるから。西村博之のだめ野郎ぐあいは、攻撃してきた人よりも自分のほうがよく知ってるから。西村博之のダメな部分をちゃんと認識しているので、他人に言われても「それ知ってる、子供の頃から」という感じで、むしろ「いや、もっとひどいっすよ。この人は」といいたくなりますね。

 

 これは中学生のころの話なんですが、出席日数が少なすぎてこのままでは内部進学(高校へ)できないという話が出て、父親からのプレッシャーが半端なかったです。食事で顔を合わせるたび、「豚みたいに食いやがって」、「タダ飯食いやがって」と罵られていました。

 当時すでに授業を途中退席したり、トイレが長すぎて戻ってこれなくなったり、修学旅行先では点呼に参加できなかったりしたんで、内心「飯ごときで罵られるレベルじゃないんだけどな……」と思っていました。本当はもっとひどい状況なんだぞ、というわけです。

 だから豚々言われても、心に響かず、傷ついたりしませんでした。

 

だいたい一皮むいたら人間、悪いヤツじゃないですか。「こいつダメなヤツだな」みたいなのばっかりなので、世の中……。自分のことをちょっと振り返ってみれば、普通そう考えると思うのですがね。

  これもね。

 分かりみが深いっていうんですかね。

 皆さん、原野商法ってわかります? バブル期に流行った詐欺の一種で「将来、ここにはリゾート施設が出来て、土地代が100倍になりますよ!」といって、二束三文の価値しかない山奥の土地を売りつけるんです。

 これに騙された人が親父の知人にいて、現在はその土地を親父が借りています。

 ある日暇つぶしについていったんですが、今ではそこに簡易な集落ができているんです。いるのは不法投棄を請け負う業者(それってつまり違法じゃ……)に、元日本代表のJリーガーの親や、北朝鮮系や韓国系のいわゆる在日の人たち。コリアンタウンが近いわけでもないのに、なんで?って感じなんですが、勝手に電線引いて(と自慢してた)、電柱ならぬ木柱みたいなのにくくりつけている。テレビから流れてくるのは、韓国の歌謡曲(not K-pop)。

 おまけにペットショップの業者が売れ残った犬を投棄しにくるみたいで、野犬化したチワワが、頭ほどのサイズもない子犬を数頭引き連れて、そこを通っていくわけです。

 既視感あるなと思ったら、小学校の授業で見た被差別部落の風景なんですね。あの雑多で、寂れた感じ。

 そこを出入りする父は打ち解けているのか、あそこの○○さんの親は、昔強制連行されてきた○○系で、と紹介してくれるわけです。で、向こうも車で来た親父にビールや焼き肉おごってくれたりするわけですが、親父は死ぬほど韓国が大嫌いなんですよね。どうやって折り合いつけているのか、と思うし、その人付き合いの良さと家庭内でのギャップに違和感しか無い。

 だから、この文は心に響いたんですよね。