賞味期限のある欲望ってなんだろう? 結婚願望とか、そういう話

 僕は亭主関白の家庭で生まれ育った。

 父は中卒で、小学校の頃から畑仕事をしていた。周囲の百姓と違って耕すだけの土地を持っていたから貧しくはなかったが、地方の農村の話だから推して知るべし。

 そんな父は、親同士がセッティングしたお見合いで大阪の社長令嬢と結婚した。あの時代に短大を出ていた。卒業後は、実家の会社で事務をやっていたという。

 低学歴と高学歴。地方と都会。肉体労働と知的労働。

 今なら離婚まっしぐらだけど、当時は親の顔に泥を塗る、という認識が社会的にあったため、家出しつつも離婚せず、そうこうしている間に僕と弟が生まれ、母の会社は倒産。叔父は自己破産して、借金取りから逃れるために知人の精神科医に一筆書いてもらい、精神病棟に入ってほとぼりが冷めるのを待とうと画策していた。

 そんななか、不景気だというのに父は母が働くのを許さなかった。

 九州男児、というわけでもないのだが、プライドの高い父にとって、妻が専業主婦ではないのは屈辱だったようだ。

(思い返せば、テレビに映るシングルマザーに対しては、辛辣さに怨嗟を散りばめた言葉を投げかけていた気がする。)

 しゃちょう、と取引相手から呼ばれたいがために、1人有限会社を作った人なので、そこらへんは推して知るべし。

 

 その頃ボクは引きこもっていた。

 小学校5、6年生になると、親が学力に不安を覚え塾に通わせるようになったけど、その歳で好き好んで勉強にしにくるようなやつらだから、性格がきつい。

 社会復帰せにゃならん、と学校に顔を見せると、同級生の女子達は、大好きなソフトボールに興じていて、金髪に染めたピッチャーが下手投げから豪速球を投げていた。

 野郎どもは、「あれ絶対100キロ出てる」が口癖(出てるわけないのだが……)。

 ドッジボールのときも、長身の子が前に出てメンチ切ってくるし、ケンカ相手は決まって女子ばかりだし、そんなんだから、僕は家庭を持てるイメージがなかった。

 母のように、亭主関白を許容する女子はもうおらず、主人の三歩後ろを歩くのは、学芸会でピアノを弾く男子や、漫画ばかり描いているオタクばかり。ペットの犬ですら、散歩のときは前を歩くというのにね。

 僕は不登校だったから、父といえば僕の父か、医者の娘と結婚して、水商売の女性と結婚して、百貨店勤務の女性と結婚して、バツが5つもついてる母方の叔父ぐらいだ(数が合わない……)。

 ああ、もう1人いたね。

 父自慢の、父方の叔父だ。

 しつけに厳しく、片手には木刀。箸の持ち方1つで叩き飛ばす。シベリア抑留から奇跡の生還を果たした一族の誇り。

 憧れる要素が何一つない……。

 

 なんでこんなこと書いてるかというと、この記事を読んだからだ。

anond.hatelabo.jp

 文面からは、年相応の家庭を築けず、コンプレックスを抱いているのがわかる。

 だけど、僕にはその気持ちがわからない。

 父のようになりたくない、と思うと、父以外の憧れるような父像を知らない僕には、自然と結婚が選択肢から消える。

 ひきこもっているし、性体験は今後もないだろう。

 だけど、それを負い目に感じない。

 そしてこういうことを書いていると、無性に将来の自分が不安になる。

 この記事を書いた人は、47歳にして童貞で、悔いが残るのだろう。

 だけど、僕はどうか。

 悔いが残るほど、欲望を持てているのだろうか。家に引きこもり、寝て過ごしてそこそこ満足。それをあと22年続けていないだろうか、

 そんな漠然とした不安。

 欲望を持ちたい。

 一つ目は健康な人になりたい。

 だけどこれは諦めている。盲腸と回腸がないんだから、なかなか厳しいだろう。

 二つ目は、雨風凌げて月末に電気やクレカが止まらない生活。

 幸い、これはなんとかなっている。

 では3つ目は?

 出てこない。

 それで幸せならいいんだけど、ツイキャスで人の青春話を聞いていると、ふと「じつは自分が気づいていないだけで、恨み妬み嫉み僻み倒したくなるような満たされない欲望が、世界の片隅にあったりするんじゃないか」と思った。

 この人は47歳だ。

 僕は25歳だ。

 もし、そんな欲望があるのなら、早く見つけなければならない。

 間に合わなくなる。