僕は友達がいない

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映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を見て、咽び泣いた元不登校児

アマゾンプライムで「マンチェスター・バイ・ザ・シー」が見放題でした。

去年のアカデミー賞を争った映画だし、と義務的に視聴。

主演のケイシー・アフレックの実兄は映画監督兼俳優として有名なあの「ベン・アフレック」で、映画「アルゴ」とか大好きです。なので映画の質についてはそれなりに期待していました。

でね、どうだったかというと……。

 

咽び泣きました。

この映画の主人公リー・チャンドラーはとにかくなんか変なんです。

何でも屋を営みながら暮らしているんですが、人との接し方や距離感がおかしい。ベン・アフレックの弟ですからイケメンなんですけど、バーで女性に口説かれても鉄の意思で無視。

ゲイってパターンかな?と思いきや対面のカウンターで飲んでいた仕事帰りのおっさんにうざ絡みした後、殴りかかったり。

ジャンキーっぽいけど、薬物は使用せず。コミュ障?まぁ、それっぽい感じではあるよね。

そんな彼に転機が舞い込みます。

兄のジョー・チャンドラーが死んじゃったんです。

離婚した彼には一人息子のパトリック・チャンドラーが居て、後見人はなんと自分。いっしょに暮らしていくための資金まで残してくれていた。

動揺するリー。

というのも、一人暮らししているリーは、かつて所帯持ちだったんですね。

だけど葉っぱを吸ってウキウキ気分でコンビニに出かけ、帰宅すると暖炉の不始末のせいで自宅が炎上。消防士が妻を助けてくれたけど、娘たちは三人とも焼死しました。

リーは離婚し、気まずくなって地元からも去りました。

 

そんな悲惨な過去があるのにリーを後見人に選んだのは、兄なりの気遣いだったんでしょう。

兄貴の息子であるパトリックと二人で暮らしていくことで、孤独に耐え自罰的な暮らしを送っていたリーの心境にも雪解けが訪れます。それは舞台となるマンチェスターの氷漬けの風景にも重なるんですよね。

 

これだけだといい話なんですが、最後の最後で偶然にも元妻と再開します。

彼女は再婚し、今じゃ一児の母です。

あまりの事態に、傍らにいた知人はドン引き。取り繕うにも会話が続かない。気まずくなって逃げだします。二人だけの時間。

そこではっきりと元妻はリーのことを赦すんですよね。リーも辛かっただろう、と認めるんです。

だけどリーは和解を拒絶し、立ち去ります。

 

リーは兄の気遣いも拒絶し、パトリックを養子に出し、またもや一人に。

だけどそれでもいいのだという結末でした。

誰しもがフレンドリーである必要はないし、赦し、赦される必要はない。

ちょっと意外すぎる結末でした。

海外ドラマ「BONES」でも似たようなくだりが出てきます。その際サローヤン博士は赦すことを拒絶するんですが、最後には前に進んでいくためにも赦すんですね。過去に囚われたくないから、と。

だけど「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のリーには友達もいなければ、家族もいません。自分の不注意のせいで亡くしてしまったとはいえ、過去に囚われたまま自罰的な生活を送るほうが心地よかったんじゃないかな。

 

そしてこのメッセージ、元不登校時のボクには刺さるんですよね。

家にいるほうが平和で心地よかったし、チャイムを鳴らされていっしょに登校することを諭されるのは不愉快極まりなかったです。

アメリカのドラマって1人よりも2人という価値観だし、ナード(オタク)から何からフレンドリーでいることが作中で人権を保証されるための最低限のルールなので、そこから外れると人権を剥奪されるどころか認知されなくなります(ナードですらナードの友だちがいることは印象的)。

そうしたなか、それを否定しないこの映画は心地よかったです。

事件以降、初志貫徹で孤独を貫いた主人公の姿には、胸にくるものがありましたね。