クローン病なASD

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心理検査の過程で、過去の自分と向き合うことに

お久しぶりです。クローン病を患っているくろーんです。

今回は発達障害の有無を調べる検査のために、大阪精神医療センターへ行ってきた話をしたいと思います。

発達障害に関する検査は二日間に分かれており、一度目の受診は親同伴で幼少期の態度について聞き取るというもの。二度目の受診では心理検査を行うというものでした。

この記事で扱うのは一度目の受診、つまり親同伴の聞き取りについてです。

 

まず前提ですが、僕はクローン病を患っています。

小学校高学年の頃に体調不良となり、当時は過敏性腸症候群と診断されました。だけど必死の思いで塾に通い詰め、そのおかげで中高一貫校の私立中学に合格。

なおも体調不良続くことから内部進学を諦め、単位制高校に進学します。そこに四年間在籍して、五年目を迎えるかどうかというときに体調不良の原因がクローン病だと発覚しました。それで心が折れて学校を中退して、以来ずっとひきこもりです。

 

それゆえ僕の長年の目標は、中学受験の頃に戻ることでした。肉体的にも、精神的にも。机に向かえば勉強に集中でき、なによりも勉強に情熱を持てたあの時代。というか僕の全盛期。

今が苦しいからこそ、あの頃持っていた集中力がある種の万能感のように思えて、ずっと取り戻したいと思っていました。

 

だったんだけどさぁ……。

先生「精神科にかかったことはありましたか?」

母「ええ。小学三年生の頃に通院していました」

まじか。

曰く、僕は小学校三年生のころにいじめられ、不登校になったという。

そこで学校側から「精神科に一度かかってくれ」と言われ、そこでついた病名が過敏性腸症候群だったのだ。その結果僕はこの病名に振り回されることになり、体調不良の原因がクローン病だと判明するまで時間を要することになった。

 

思い返せば小学校高学年のころは午後からしか学校に通った記憶がない。原因はいじめだろう。グラウンドを横切り校舎に入るもんだから、授業中の生徒たちからは窓から身を乗り出し手を振られ、父からは「重役出勤」とバカにされていた。

ああ、そうか。この頃から父とは不仲だったんだな……。

そして弟が僕を嫌っていたのは、この件で色々言われたからなんだな。

 

そして前後する形でなにかあるたび僕はトイレに閉じこもるようになり、それは中学受験のために通っていた塾でも同じだった。

どのタイミングで、どうして塾をやめたのか。つい最近まで思い出せなかったのだが、これもトイレに閉じこもる癖が悪化したからだった気がする。

 

そういえば小学校時代は放送部に所属して僕は朝の当番だったのに、午後からしか通学しないもんだから一度も当番をこなせなかった。その点をクラブ集会で論われることがあったっけ。

理由をいうまで座るなっていわれたんで、集会が終わるまでずっと立っていたのを覚えている。

小学生のころ、クラスメイトが引っ越すというんでお別れ会をしたんだけど、途中で抜け出した記憶もあるなぁ。

授業参観中に喧嘩をした思い出もある。

 

なんだよ、思いでポロポロって感じじゃないな。ボロボロだし、ガッタガタじゃないか。

 

これからどうしよう……。

心理検査の結果は三週間後にでる。受診日は4週間後だ。

それまでは結果もわからず、薬も出ないまま。

シュレーディンガーの猫だ。

よくわからないソワソワとした焦燥感を抑えたくて、発達障害を扱った本、「変光星」や「火星の人類学者」を読んだ。前者は発達障害の自伝で、後者は最終章で発達障害の患者について扱っている。

だけど正直どちらもぱっとしなかった。

僕は目が悪いし、頭が悪いし、お腹がゆるいし、汗っかきだし、人の言葉を聞き取るのが苦手で、特に電話口の会話はからっきしだ。

似ても似つかない感じがした。それはいうなれば僕は発達障害じゃないってことであり「あれ……じゃあ薬は処方されないし、問題は解決しないのでは」と暗澹たる気持ちでいる。

 

目標としていたものが揺らいでいる。そんな中で行き先もわからない。どうすりゃいいんだ……。

雇用してくださった会社に申し訳ない。本当はこんなはずじゃなかったんだ……。

なにを書きたいのかわからない。まとまらない。終わり。