クローン病なADHD

TwitterのDM開放中です。https://twitter.com/kuron_hatena

なんもできない人の目指すところ

ブログを更新しようと思い立ったものの、考えがまとまらないまま2週間が過ぎてしまいました。

9月の三連休も終了。

9月18日には発達障害に関するテストの結果を聞くために、大阪精神医療センターへ行く予定があります。

ブログの更新はそのあとでもいいかなと思っていましたが、今は少しでも楽になりたい気分。

頭の中のモヤモヤを言語化することで、課題と指針を再確認したい。

とは言いつつも、どこから書けばいいんだか……。

 

就職して1年が経過しましたが……

就職して1年が経過しました。

僕は正社員です。

1年が経過したからではなく、最初からそうでした……。

その事実に気がついたのは3月末のこと。

確定申告の手続きをするために、税理士さんとお話をしたときのことです。

 

ん……あれれ。おかしいですね。確定申告は3月中旬には終わっているはずです。

ええ、そうです。お察しの通りやっていなかったんです。

なぜやっていなかったのか語ろうとすると、母の職業や生い立ちに踏み込むことになるので触れませんが……。

 

それでね。

確定申告によってクローン病に関する助成金の区分が変わるかもしれないからどうしよう、と相談した時のことです。

僕は所持していたカード類と、会社から送られてきた書類を、税理士さんに全てお渡ししたんです。

「くろーんさん、バイトじゃないですよ。正社員です」

「えっ、本当に?」

僕が雇用された経緯はとても特殊です。

特殊な上に当時は精神的、肉体的に疲労困憊していて、経済的にも困窮していたことから、雇用先の会社から送付された書類に目を通す余裕はありませんでした。

形だけの履歴書を書いて、必要書類にサインだけして送り返した記憶があります。

 

途端に気まずくなりました。

だって、僕は会社になにも還元できていないんですよ……。

そんな状況でお給料が毎月絶対に遅れずに振り込まれて、有休も消化させてもらえる。

親父は職業柄繁忙期と閑散期があって収入が不安定だし、母は特殊な業務形態でバイトだし夜遅いし、独立した僕の弟は24時間シフトを繰り返す過酷な労働環境から精神を病み、休職と転職を繰り返している……。

かたや僕はリモートワークと言う名の自室作業。

家庭内には常に外的要因で疲弊する者と、内的要因で疲弊する者の温度差がありました。

「疲れた」という言葉にしても、意味合いが全く違うんです。

だからずっと真綿で首を絞められる気分だった。

なのに正社員って……。

 

考えてみてください。

当時25歳です。

中卒。就労経験なし。資格は運転免許証だけ。指定難病である内疾患を患っているものの、障害者ではないため障害者雇用枠を使えません。

正社員として雇ってくれますか?

答えはNOです。

本来は雇用形態がバイトですら、お断りされる条件です。

現に自宅周辺のコンビニ(ファミマ、セブン、ローソン)に加え、ドラッグストア、ショッピングモールのトイレの清掃係のバイトの面接を受けましたが、全滅でした。

だけど雇ってくださっていたんです。

身に余るほどの厚遇で。

感謝感激雨霰、本当に申し訳なくて僕の中の自尊心は数多もの感情によって針のむしろでした。

 

頭がクラクラするなかで、声にならない声で相槌を打っていると、税理士さんが絶句されました。

「健康保険証が2枚ありますね……」

「はい。会社から送られてきたやつは大事に保管していました」

「……」

 

父は自営業であり、2枚のうち1枚はその扶養家族として持っていたものです。

僕は知りませんでした。健康保険証は1人1枚ということを。

新しいものを貰った場合、古いのは返却しなきゃいけません。

僕はその手順を踏みませんでした。

結果として、現在雇用してくださっている会社側に膨大な量の事務作業が発生することに……。

僕は頻繁に通院するし、患部を切開してほしいときは横着して近場の病院にかかる。土日に駆け込み、当直の先生にも見てもらうこともある。

税理士さんはいいました。

「これは大変ですよ」

「会社さん大変だと思うから、今日辞めたってことにしたらどうですか?……」

経済的な事情もあり、僕は辞めませんでした。

 

それから半年が経過し、今現在。

会社の業績にまともに貢献できていないことは相変わらずです。

お金を散財してコンプ(comp)という完全食と出会ったことで、どうにか体重は下げ止まりました。

ですが、慢性的な下痢に苦しんだり、不定期で定期的な痔瘻の悪化に苦しめられたりと、体調不良は続いています。

 

見通しが甘かった。

金さえあれば体調不良が治るなんて考え、病気をなめていた。

患者の会に来る人をつぶさに観察していたら、分かることだった。

そう思い始めたのは7月、8月の頃です。

その頃に14年連れ添った家族にして僕の親友である愛犬が亡くなったこともあり、人間関係を仕切りなおそうと思いました。

一日2時間、時には深夜に突発的な連絡を取っていた人とも縁を切り、その過程で会社の退社も決めました。

そして1周年時にDMを送ったわけです。

「辞めさせてください」と。

引き止められました。

 

退職を願い出た話とは時系列が前後するのですが、僕はネット上で発達障害の人と出会い、幾度もお話をしました。

その人は知的で聡明で弁がたつし、1人で自立して生計を立てていました。そして自閉症でした。

正直にいうと困惑しました。僕が幼少期の頃にいっしょに遊び、時にはひらパーにいって流れるプールを泳いだ男の子は、意思の疎通すら難しく情緒不安定な発達障害でした。

発達障害にも色々あるんだな……。

 

僕にとって友達らしい友達は、思い出す限りではあの男の子だけでした。僕は心の中で勝手に共通点を見つけて親しみを抱き、その後何度も面倒臭い事柄の相談に無償でのっていただきました。

 

病気のこと、進路のこと、親のこと、お金のこと。

そして言われました。

「お前もこっち側じゃないか」と。

こっち側というのは「発達障害」という意味です。

「そうなのか」と思っていると「定型発達は発達障害と言われると怒るんだよ」と言われて困惑。「発達障害といわれて、なぜ怒るのか」という僕の発言、反応に対してもさらに念押しが。

以来、心の片隅で自分って発達障害なのかな、とモヤモヤしていました。

だって嬉しいじゃないですか。聡明な人が、同じ属性なんだと言ってくれているんですよ。

 

そして8月になって愛犬が死に、それが引き金となっていてもたってもいられなくなり、当日受診可能な精神病院を市の福祉課に教えてもらい、発達障害の検査を受けたのでした。

検査で困惑したのは、親同伴だったこと。

そして親の口から聞かされる幼少期の僕が、僕の記憶と一致しないということでした。

先生との受け答えも上手くできないし、あまりに喋りすぎて聞き取りを切り上げられちゃうし、なんだかなぁと。

 

この頃から自分の読解力に自信がなくなり、内省のためにはてブを全削除しました。

本音と建前の区別がついているのか自信がなくなったので、ラインで通話するときは相手の発言を疑ぐりながら聞くようにもなりました。

 

だからこそ、だからこそ。

DMを送って引き止められた時、それが本気だという自信がなかった。

建前なのか、本音なのか。

建前なら、お手を煩わせないためにも自分の申し出を念押しするべきだ。

本音だとして、ここで聞き返したら疎ましく思われて突き放されてしまうのではないか。

あの聡明な発達障害の人から授かった、数多のレクチャーを必死になって思い出す。

悩んで、文字を打つのが止まった。

結局のところ、僕は辞めませんでした。

 

長い間「何のために生きているんだろう」と思っていました。

普通に進学して、普通に受験して、普通に就職して、普通に結婚して……。

そんな人生の中で、どれだけ同級生たちよりも上に積み上げていけるか。そんな人生を辿ると思っていました。

だけどその普通を病気で諦めて、おまけに数え切れないほどの青春イベントを取り逃がして、恨み嫉み嫉み僻みがないとは言いません。

だけどそれ以上に、目標を失った状態での暗中模索、もしかして自分にとってのゴールなんて存在しないのではないか、という不安感が大きかったです。

クローン病って発症原因がわからないから完治を目指した根治治療ができなくて、対処療法で寛解を維持するだけ。病気に打ち勝つことを目標にすることもできないですし。

だけど今は違う。

目指すべき方向が見えてきました。